- Q
- 基本的なことですか、騎手とはどんなお仕事ですか?
- A
- まずは、競馬のレースで競走馬に乗ることです。
あとは、競走馬がレースに出るためにおこなう毎朝の調教(訓練)もあります。レースで馬に乗せてもらうには、馬乗りの技術はもちろんですが、馬主さんや調教師、厩務員との人間関係をつないでいくことも必要ですね。馬乗りの技術だけじゃなくてコミュニケーションをしっかり取ることも大切な時代だと思います。レースに乗らないことには生活ができないですから。
- Q
- 吉井騎手が騎手を目指したきっかけは?
- A
- 親父が小林牧場で厩務員をしていて厩舎で育ちました。大井競馬場にも物心がついた頃からよく連れてきてもらっていて、「ここでレースに乗りたい」って思っていました。
騎手はレースで一番華やかに見えるし、プロとしてやれるじゃないですか。若くして手に職をつけられるのも魅力でした。
- Q
- いつ頃から騎手を目指すようになったのですか?
- A
- 中学1年生のときです。小学校と中学校は野球一色だったんですが、将来騎手になることを考えると体重を増やしたくなかったので、中学3年生の時には1年間給食を食べませんでした。その時間になると俺だけ教室から出て走り込みをしていました。夜は遅くまで野球をして、食事を取るのは朝少しだけ……。
- Q
- 食べ盛りのときの減量はつらくなかったですか?
- A
- そりゃつらいですよ。でも、地方競馬教養センター(地方競馬の騎手学校)に入ってからの方がもっとしんどかったです。成長しているときに体を抑えるのってきついですよ。
でも、体をコントロールすることや体重の調整を覚えていくんです。若い頃はちょっと油断をすると体重も結構増えていたんですが、今は固まりました。そういえば、今はうちに体重計はないもんなぁ(苦笑)。だんだんに自分の動きや見た目だけで体重がわかるようになります。
- Q
- 騎手の開催中のベスト体重はどのくらいですか?
- A
- 51キロから52キロくらいの間だと思います。負担重量が54キロなら、僕の場合は3キロみます。鞍が2キロくらい、自分に身につけるものが1キロくらいだとして、だいたい51キロくらい。
- Q
- 騎手にとって体重管理もひじょうに大切ですよね。
- A
- レースに乗らないと稼げないんだから、体重管理も仕事ですよ。プロとしては当然。もちろんつらくてやめていく人もいます。
- Q
- 減量が必要な騎手は、どうしてそんなつらい思いをしてまでも騎手というお仕事を続けているんでしょうか。
- A
- プロだからです。レースに乗るこの仕事が何より好きで、楽しいから続けています。騎手には精神力や忍耐力が強い人は多いと思いますよ。
- Q
- 冬は外が寒いし、夏は暑いので調教も大変ですね。
- A
- 基本みんな調教は好きじゃないと思います(苦笑)。朝は早いしヤンチャで大変な馬もいるし、レースにだけ乗ることができればどんなに楽しいか。調教とレースは全然違いますから。
でも競走馬がレースに出るためには調教が必要ですからね。
大変ですが、騎手にとって調教は大事な仕事です。
- Q
- 騎手という大変な仕事で、長きに渡ってトップに君臨している大井最年長の的場文男騎手についてどう思いますか?
- A
- 毎朝ちゃんと調教もつけているし、レースでの勝負に対する意欲は本当にすごい。雲のさらに上の存在ですよね。人間じゃない、神ですよ。
- Q
- 通常の日のタイムスケジュールは?
- A
- 朝は2時30分に起床して3時から平均15頭くらいの調教に乗ります。1頭にかける時間は20分くらいなので乗り数はそれがフルだと思います。8時半くらいに終わると家に帰って朝食を取ります。
その後、俺は騎手会の会長職があるので大井競馬場内の事務所に行かないといけないし、主催者との会議などに出席します。そういう業務がないときは昼くらいまで仮眠を取ります。
あとは子供が学校から帰ってきたら遊んだり塾の送り迎えをしたり、普通のパパです(笑)。夕飯は早い時間に取る人もいますが、うちは午後6時半から7時くらいで、一日だいたい2食です。寝る時間は早いときで夜7時くらいですが、遅いときは夜10時くらいのときもあるし、特に決まっていないです。
- Q
- 競馬開催中のタイムスケジュールは?
- A
- まず、開催前日の午後4時までに調整ルームに入ります。
レース当日の朝の調教時間帯は基本一緒です。ナイター開催のときは、調教後に体重調整や柔軟体操をしたり、トレーニングをしてから朝食を取ります。その後に仮眠を取りますが、レースに合わせて装鞍(自分の騎乗馬に鞍をつける作業)の1時間半前までには起きて体作りをします。会長職もあるので、レースの前や合間に打ち合わせや会議が入ることもありますね。
- Q
- 競走馬に乗ってレースに出るのは怖くないですか?
- A
- 怖いと思って臨んではいませんが、今こうやって話しをしているときやレースビデオで危ないシーンを見たときは怖いなって思います。ただ、いざ自分が乗るときは不思議と怖さを感じないんですよ。みんなそうだと思います。怖いと思ったら乗れないし、そう思ったらやめるときですね。いずれは調教師も考えたいですが、まだレースに乗っていたいです。
- Q
- 騎手の収入はどういう形になるんですか
- A
- 基本は所属厩舎からの基本給です。厩舎に所属しているので、自厩舎の馬の調教に乗ったり、若い騎手なら午後作業を手伝ったりとか。所属厩舎以外の馬に調教をつけた場合は1頭いくらという形で支払われます。あとはレースですね。ひとレースごとに騎乗料があって、さらに5着までに入ると進上金という形で賞金全体から5%を頂けます。ボーナスはありません。
- Q
- レースで競走馬に乗るためには、どのようなものが必要ですか?
- A
- 騎手として身につけるものは上からヘルメット、ステッキ、勝負服、ズボン、ブーツですね。あとは競走馬につける鞍と鐙(あぶみ)と腹帯。
ヘルメットの値段は1万円から10万円まで、俺が使っているのは4万円です。ステッキはだいたい2万円とか、オーダーするともっと高いです。勝負服は2万円を超えるくらい。ズボンも1万円くらい。ブーツは3万円~4万円。鞍や鐙、腹帯とかは全部で4万円くらい。
こんな感じで、全部合わせれば10万円以上はかかります。
- Q
- 休日はどのようになっていますか?また休日は何をされていますか?
- A
- 厩舎の全休日は事前に決められていて、だいたい1ヶ月のうちで4日くらいです。ただ、会長職があるから何かと忙しいです。週末になると、息子が所属している少年野球チームのコーチをしています。最近の子供たちはゆとりだから(苦笑)、野球だけではなくていちアスリートしての心構えなども教えていますよ。あとはスノボーに行ったり、銭湯も好きですね。
- Q
- 銭湯は体重調整のためですか?
- A
- いや、その後のビールがおいしいから(笑)。でも、レースがなくても体が重いかな?と感じると、汗を流さずにはいられなくなるんですよ。
- Q
- 騎手の職業病はありますか?
- A
- 何も痛くないっていう人はいないです。体を使う仕事だし、腰とか背中とか骨折した箇所の痛みとかみんないろいろ抱えていますよ。俺はお尻におできができます(笑)。
調教などで鞍にお尻を打ちつけるから、年中圧迫されておできができるんですけど、そういう人はいっぱいいると思いますよ。おできが自然とつぶれればいいんですが、化膿すると痛くて病院で切開してもらったことがありました。恥ずかしかった(苦笑)。あとはくるぶしになることもありますよね。いつも締めつけているから。
- Q
- 騎手は女性にもてますか?(笑)
- A
- たぶんもてるんじゃないですか(笑)。一般人から見ると騎手は特殊な仕事だし、第一印象からそういう目で見てくれますよね。そこから先は知りません(笑)。
- Q
- 吉井騎手は東京都騎手会の会長もされていますが、騎手会の会長とはどんな役割ですか?
- A
- プロ野球選手でいう選手会の会長みたいなものと考えてくれればわかりやすいんじゃないですか。大井競馬場は騎手が30名いるので、そのリーダー的存在と思ってもらえればいいです。仕事をしていく上での環境をしっかり整えてあげなきゃいけないとか、困っていることなどを解決してあげたりとか。
他にも主催者や調教師、厩務員とも接する機会は多いです。東京都騎手会の会長になると、南関東競馬全体のことや地方競馬全体のこともやっていかなくてはなりません。最初は会長になるなんて思っていなかったです。
- Q
- 歴代の会長の中でもかなり若かったですよね?
- A
- 29歳で会長になりました。その当時は先輩も多かったし、最初の1年目はどうやってまとめればいいのか悩みました。今は年齢でいけば、的場さん、早田さんの次になりました。
- Q
- 騎手という仕事でつらいと感じるときはどういうときですか?
- A
- 成績が上がらないときやレースに乗れないときですね。怪我もそうだし、思うように乗り馬が集まらないのは精神的につらいと思います。体重調整などの体力的な面は、免許を持っている人間だったらいくらでも耐えられる根性は持っています。でも、レースに乗れないことがプロとしてはつらいです。
- Q
- 最後に騎手という仕事の醍醐味を教えてください。
- A
- レースで表舞台に立って勝つことです。どの世界もそうだと思いますが、「自分はこれだけやりました」っていう努力は通用しません。それは当たり前のことだし、結果がすべてです。勝つためだけに、毎日苦しい思いでも何でも頑張れるんです。だから、みんな気持ちは強いですよ。レースに乗って勝つこと、それ以外何物でもないですね。
聞き手:高橋華代子
- Q
- 基本的なことですが、調教師とはどういうお仕事ですか?
- A
- 第一は馬主さんから大切な財産の競走馬をお預かりし、適切な調教をして、ルールを守りながらレースに出走させることです。第二は北海道の牧場などを訪ねたりセリで馬を見つけて馬主さんに知らせること。第三は人を育てることです。馬を良くするには人の力も大切なんです。厩舎という仕事場で、騎手や厩務員、装蹄師、獣医師を育てるのも大きな仕事だと思います。
- Q
- 調教師を目指したのはどんなことがきっかけですか?
- A
- 祖父と親父が大井競馬場で調教師をしていたので自然にこの道へ進みました。住まいも大井競馬場の厩舎の中だったので、子供の頃は馬の背中に乗ったり、手伝いをすることもありましたね。親父からは「これから調教師になるには大学を出たほうがいい」と言われていたので、中学校から大学までは慶応義塾に通いました。卒業してから大井競馬場の厩務員になり調教師補佐を経て、33歳で調教師になったので、もう20年以上になりました。
- Q
- 栗田裕光厩舎の入厩馬とスタッフの数は?
- A
- 入厩馬は大井の上限の24頭。厩務員12人、調教師補佐1人、騎手2人(坂井英光騎手、安藤洋一騎手)、調教専門厩務員1人です。
- Q
- 通常の日はどんなタイムスケジュールですか?
- A
- 朝3時から調教が始まるので通常はそれに合わせて起きます。8時半頃に調教が終わるので、その後は騎手や調教に乗るスタッフと打ち合わせです。9時半くらいに朝食を取って、その後は昼寝をするんですが、あまり寝過ぎてしまうと夜の睡眠が浅くなるので正午には起きるようにしています。午後1時半頃から2時の間には厩舎に出て馬の見回りやパソコンで情報をチェックし、馬主さんや育成牧場さんなどの連絡にあて、午後6時には厩舎を出て自宅に帰るようにしています。調教師は厩舎に住んでいる人と外から通っている人に分かれますが、僕も忙しいときは厩舎に泊まるしその辺りは流動的ですね。午後6時過ぎには夕飯を取って午後9時には寝るようにしています。
- Q
- 競馬開催中のタイムスケジュールは?
- A
- 開催中は逆に調教をする馬が減ってきて朝の時間帯も余裕が出てくるので、起床時間もそれに合わせます。
レースは発走50分前に装鞍所(レース前に馬の馬装をする場所)に集合することが決まっているので、馬と一緒に向かいます。パドックに調教師がいる場合といない場合がありますが、僕たちの大事な仕事はレースで事故がないように競走馬に鞍をつけることです。レースが連続しているときはパドックではなくて鞍を置くほうに立ち会います。
レースはもちろん勝ち負けが大切ですが、何よりゲートをちゃんと出るか?レースでちゃんと走れるか?そういう面も調教師の責任です。レースが終わると馬主さんに結果報告をします。連絡を取るのも大事な仕事ですから。
馬のレース後の安全の確認も大切ですね。レース直後は気を張り詰めているのでそれでも歩様などに出すときは大きな怪我の場合が多いです。だいたいは翌日以降に表すのでそれを確認するのも大事です。
ナイター開催中は最終レースを使っていると就寝は午後11時頃なので時間が長いので相当バテますね(苦笑)。体力を使うので開催後には1キロから2キロは減っています。携帯の万歩計を見ると開催中は毎日1万5千歩は歩いていますよ。
- Q
- 調教師の収入はどういう形になるんですか?
- A
- 馬主さんから頂いた預託料(競走馬1頭分の経費)から、人件費、飼料代、獣医費、装蹄費、水道・光熱費、調教技術料などと分けるんですが、僕たち調教師は調教技術料を頂きます。あとはレースですね。ひとレースごとの出走手当と5着までに入ると進上金という形で10%頂けます。ボーナスはありません。北海道への交通費などはすべて自腹なので、交通費は結構かかります。今は飛行機のマイルなどもあるのでそれをためて工夫しながら少ない費用で行けるように心掛けています。
- Q
- 競走馬がデビューするまではどんな流れなんでしょうか?
- A
- 馬は生産牧場で生まれて1歳後半から育成牧場で人を乗せる訓練をします。競馬場に来るのは馬によってさまざまですが2歳春以降です。大井の場合はレースに出走するためには能力試験に合格しなくてはなりません。800m54秒以内で走れるかどうか?ゲートからちゃんと出てゴールまで正常に走れるかどうか?まずはその基準を満たすような調教をしていきます。そのための一番の基本は200m(ひとハロン)15秒で走る競馬用語で15-15と言われるものですが、そのスピードで持続して走れるかどうかがまずは第一段階です。15-15というのは馬の運動生理学的にも理に適っていると言われています。
- Q
- 競走馬によって調教メニューは変わりますか?
- A
- 人間と一緒で基本的な能力が違うのでメニューは変わります。僕たちが目指しているのはその馬の持っている能力を最大限に出してあげること。一番嫌なのは能力があるのにその能力を出してあげられないことです。そのためには馬の状態を見極めて故障をさせないことですね。ハードな調教に耐えられるか?耐えられないか?休養は必要か?必要でないか?その辺りは人間の都合に惑わされないで馬の状態に合わせていくのが大切です。
- Q
- 馬にしゃべって欲しいと思うことはありますか?
- A
- 馬が話したらきっとわがままだと思いますよ(苦笑)。走ることが好きな馬もいれば嫌いな馬もいるでしょう。一番大切なことは観察だと思います。未知な部分もあるからそれはおもしろいですね
- Q
- ローテーションの決め方は?
- A
- 新馬戦はひじょうに難しいです。順調にいけば2歳でデビューする馬が多いですが、若駒は馬の状態が不安定なのでそれを見極めて使うのはひじょうに難しいです。新馬戦で変な故障をさせるとその馬の一生が終わる場合もあるので、無事にいい結果を出したいので無理はさせません。馬主さんと調教師で話し合いますが、予定は決めても流動的です。
重賞はその馬に向くレースが限られているので、牡馬か牝馬、距離適性、SⅠに挑戦できる能力があるのか?SⅡなのか?SⅢなのか?その辺りを見極めます。目標にするレースは明確ですよね。
- Q
- レースに騎乗する騎手の決め方は?
- A
- 人間と一緒で馬にもいろんな個性があるのでそれに合わせて騎手を決めます。あとは馬主さんからの希望もあります。
- Q
- 調教師という仕事のやりがいはどんな所ですか?
- A
- どのクラスでも一緒ですが勝つこと以外何もないです。2着が続いていると何とか勝たせたいし、着外でも方法を考えて勝たせたいと思います。勝つことが馬の勲章になるし、競馬をやる以上は勝つことしかありません。どんな理屈をつけても勝たなきゃダメです。調教師という仕事は考えることも多くて何なんだろうと思うこともありますが、馬が走って勝つ瞬間が好きだからやっていられます。次の瞬間にはもう別のことを考えていますが(苦笑)。
- Q
- 逆につらいことや大変なことはどんなことでしょうか?
- A
- 何年やっても馬の故障はつらいです。比較的うちは少ないですが、それでも本当に嫌ですね。故障もいろんな故障があるので、なるべく次につなげられるような故障で留められるように、普段からケアには細心を払っています。あとは相手がいるから当然のことなんですが、勝つ気持ちでやっているので自分が思ったように勝てないときもつらいです。
- Q
- 休日はどのようになっていますか?どんなことをされていますか?
- A
- 騎手や厩務員と一緒で事前に厩舎内の全休日が決められていて、だいたい月に4日くらいです。その時は北海道や千葉の牧場に行きますね。休養している馬やこれから入厩する馬を確認したり、新しい馬を見つけたり、休みなんですが休みではないです。馬のことを丸一日しない日は100%ありません。まとまった時間が取れないのでちょっとでも空くと、運動生理学や心理学、スポーツ選手の本などを読みます。競走馬はアスリートだと思っているので。
- Q
- 長年調教師をやってきて思い出の馬はいますか?
- A
- うちの厩舎にいる馬をひとつでも多く勝たせたいというのが僕の目標です。馬の人生にとって幸せだったという気持ちでここにいてもらいたいんです。最低でも1つは勝って無事に長く走って欲しい。そういう考えでやってきたので、かかわってきたすべての馬に思い出があります。
- Q
- 栗田調教師にとって競走馬はどんな存在ですか?
- A
- 馬はやっぱりかわいいですね。競馬を使いたくないときもあるくらい(笑)。ホースセラピーという言葉がありますが、何年やってもとても癒されます。馬の匂いを嗅いだり触れることが楽しくてここまできたので、職業として馬の仕事をしているって感覚があまりなかったです。こうやって大所帯になって厩舎経営などを考えるようになって、初めて仕事という感覚を持ちました。一番好きな瞬間は、馬房にいる馬たちと1頭1頭話しをしていくことです。馬とキスするのは最高ですよ。あの鼻の匂いがたまらないです(笑)。馬が好きですねぇ~。この仕事はこういう感覚がなくなったらダメだろうなぁと思います。
聞き手:高橋華代子
- Q
- 基本的なことですが、厩務員とはどんなお仕事ですか?
- A
- 主な仕事は、レースに出走する競走馬のお世話です。動物園の飼育員さんと同じで、エサを作ったり体を洗ったり馬房の掃除をしたり……。あれだけ大きい動物を扱うとちょっと危険を感じることもあるので、「それはダメ」ってきちんと叱って教育することも大切です。馬の母親代わりなので子育てと一緒でしょうか。
私は大井競馬場の佐々木忠昭厩舎に所属していて、調教師との関係は、佐々木調教師を社長に例えると、私はそこで雇われている従業員という形になります。
- Q
- 厩務員を目指したのはどんなことがきっかけですか?
- A
- 岩手県盛岡市出身ですが、最初は指輪を作る宝飾系の専門学校に通うために上京しました。そのときにお付き合いをした彼が競馬好きで競馬場によく連れて行ってもらったんですが、だんだんに私のほうがハマってしまいました(苦笑)。
卒業後はいつも競走馬の近くにいる厩務員になりたいと思って、滋賀県や岩手県の牧場を中心に7年ほど過ごしました。中央競馬の厩務員になりたかったんですが、年齢制限に達してしまって、どうしようかと迷いました。でも、厩務員になることは諦めきれなくて、それなら大井しかないと思って……。大井の厩務員は29歳一杯の年齢制限があるんですが、そのギリギリで入れて頂けました。
- Q
- 女性が29歳で新しい世界に飛び込むのはかなり勇気がいるようにも思うんですが。
- A
- そうですね。怖かったですが、ドキドキワクワクのほうが勝っていました。大井競馬場に来てたくさんの馬の脚音を聞いたときにはすごく感動しました。パドックで馬をひけるんだ!!!うれしい!!!って、夢が叶う気持ちのほうが大きかったです。今もそういう気持ちは残っていますよ。あっ、私の好きな言葉は情熱です(笑)。基本的に熱い人間なので6年経っても心の中は燃えているし、そういう気持ちをなくしちゃダメだと思うんですよ。ダラダラ仕事をしていたら馬にも失礼だし、人気がなくても勝つぞ~って!
- Q
- 通常の日はどんなタイムスケジュールですか?
- A
- 調教の時間によって起床時間は変わりますが、今は午前1時半に目覚まし時計をセットします。馬が好きじゃなければこんなに早起きしようとは思わないですね。馬の顔を見ると落ち着くし、接しているのがとにかくうれしいです。厩舎に行って仕事を始めるのは2時過ぎくらいで、そこから2頭(3頭の場合も)のお世話をします。作業の基本的な手順は、ウォーミングアップ ⇒ 馬場での調教 ⇒ クーリングダウン ⇒ 体の手入れ ⇒ エサ作り、馬房掃除などとなります。
仕事が終わるのはだいたい8時半くらいで、家に帰って9時くらいから食事をして、昼寝は10時から12時くらいです。午後1時30分くらいから3時頃まで午後の仕事をして(手入れなど)、夕飯は5時くらいです。当番のときは5時半から6時頃までには自厩舎の馬の水を替えたり、食べ終わった後のエサの桶を外してあげます。夜は趣味の時間に充てていて、お酒は大好きなんですが最近は少し控え気味で、半身浴をした後にダイエット体操をしたりのんびりしていますね。9時には寝るようにしています。
- Q
- 開催中はどんなスケジュールですか?
- A
- 開催中はかなり流動的です。朝3時に起きて家に着いたら夜11時近くになっていて、いちばん長いときで20時間も仕事していることがありました。普段の仕事の他にも担当馬を装蹄師さんや獣医師さんに診てもらったりして、自分のレースの他にも自厩舎の厩務員さんのお手伝いでパドックを一緒に引くこともあるので、レースのときはとにかく拘束時間が長くなります。
- Q
- 担当馬の競馬がある日はどんな予定ですか?
- A
- 普通はレース発走の50分前には装鞍所に行かなくてはいけません(重賞は55分前)。5分前には厩舎を出るのでそれで55分前。出発する前にも準備がいろいろあって、シンプルな馬装のときは最短で30分くらいですが、その時々で1時間くらいかかるときもあります。レース前はいつもと配合が違うエサを食べさせるので、それはレースの6時間前にあげるようにしています(厩舎や厩務員によって時間はさまざまです)。
レースが終わった後は30分くらいクーリングダウンをやって、厩舎に帰ってから体を洗ったり獣医師さんに目を洗ってもらったりしてだいたい30分くらいなので、その時点で1時間。それからエサを作って脚を水で冷やしたり拭いてあげたり寝わらを敷いてあげたり……レース後2時間くらいは必要です。
- Q
- 厩務員の歩く量はかなり多いと思うんですが。
- A
- 引き運動だけでも調教前後で30分ずつなので、単純計算でも2頭持ちで2時間くらい。そのほかにも細々動きますし、レース開催中はさらに歩きます。万歩計で計ったことはありませんがかなりの量を歩きますよね。靴下のかかとがすぐにすり減っちゃうので長くもたないのも大変です(苦笑)。
- Q
- 厩務員の収入はどんな形になるんですか?
- A
- 競走馬のお世話をした分として毎月基本給を頂いて、夏と冬にはボーナスが出ます。レースを1頭使うと奨励金、さらに5着までに入ると進上金があります。
- Q
- 厩務員という仕事をやっていてうれしいときは?
- A
- 自分の担当する馬が勝ったときですね。初勝利のときは号泣しました。競走馬は生まれたときから生産牧場さんや育成牧場さんなどいろんな人の手がかかっています。みんなの想いや気持ちを背負って競馬場にやって来るんですが、淘汰されていく世界なので、競馬場に来ることができるだけでもすごいことなんです。さらに、レースに出走して、無事に帰ってきて……そこまでの過程を考えると奇跡に近いようにも思います。
勝ったときは、馬にありがとう!という気持ちしかありません。自分がどうのこうのというのはその瞬間は頭にありませんね。とにかく感動です。勝った瞬間は苦労してきたことも苦労じゃなくなっています。
- Q
- 逆にどんなことがつらいですか?
- A
- 担当する馬との別れです。馬は私たちのペットではなくて馬主さんからの大切な預かり物なので、どうしても別れと出会いが多くなってしまうのですが、割り切れないです。それなら最初からそんなに好きにならなきいいのにと思うけど、毎日一緒にいるとかわいくなりますよ。ただ、次の日の朝には別の馬がいるので余韻に浸っている暇はありません。残された馬に愛情を向けたり、学んだことを生かしていくのも、別れた馬へのはなむけになると思います。
あとは、馬に怪我をされるのもつらいですね。自分が怪我をするほうがまだマシです。
- Q
- パドックでは担当馬の横について歩かせますが、緊張することはないですか?
- A
- 最近は緊張しなくなりましたが、それよりはゲート入りのほうが緊張します。ゲートは大怪我をする恐れもあるし、ゲートからちゃんと出るかな?と不安な面もあるし、かなり心臓がバクバクしています。
前に、パドックで馬に踏まれて一度だけ靴が脱げたことがありました。一緒に引いていた先輩に頼んで靴を拾いにいったんですがみんなに笑われました。
あと、馬がボロをすること自体は全然気にならないんですが、ちょうど別の馬がおしっこをした後に私の担当馬も同じ場所でおしっこをしたときは恥ずかしかったですねぇ。しかも、長かったし……いつまで出るんだぁって(笑)
- Q
- 休日はどのようになっていますか?どんなことをしていますか?
- A
- 調教師や騎手と一緒で事前に厩舎内の全休日が決められていて、だいたい月に4日くらいです。ただ、休みでも馬にエサや水はあげなくてはいけないので、厩舎の中で当番を決めて月に1、2回は出ます。休みはたいてい寝ていますね。年に3、4回は厩務員仲間とマラソン大会に出場します。
私の悪いところはすぐに仕事をプライベートに持ち込んでしまうので、馬の調子が良くないときは何をしていても楽しくありません。
でも、走っていると己との戦いなので何も考えないで無になれる時間も大切にしています。でも、休みの日でも必ず1回は馬のことを考えますよ。エサを食べているかなぁとか……。
<平子厩務員(右)と同厩舎の石川厩務員>
- Q
- 女性の厩務員はかなり少ないですが、男社会なので大変なことはありますか?
- A
- まぁ、いろいろありますけど(苦笑)。女だからダメだよなぁと言われないようにしたいし、男に負けたくないって気持ちはあります。でも、ベテランの方たちがジュースをたくさん買ってくれますね(笑)。女の厩務員は根本がウジウジしていない気の強い人が多いと思います。
- Q
- 皆さん、化粧をしていませんよね。
- A
- 化粧をするのは結婚式でお呼ばれしたときくらいで普段はしません。汗をかいて落ちるのもありますが、すごく細かいことですが馬に顔をなめられたときに禁止薬物が出る可能性もあるので……可能性があることはやりません。
- Q
- これからの目標は?
- A
- 厩務員になったときから変わらない目標がひとつあって、どんな馬でも一度はウイナーズサークルに連れていってあげたいですね。自分の目標としては、1年間に1勝です。そして、馬が私の手元を離れるときに、幸せだったなぁと思ってくれるような厩務員になりたいです。
私にとって、厩務員という仕事は天職です。いずれ結婚してからも体が動けるうちは続けたいし、他の仕事は考えられませんね。
聞き手:高橋華代子
- Q
- 基本的なことですが、獣医師とはどんなお仕事ですか?
- A
- 獣医師は一般的に人間のお医者さんと同じようなイメージが強いと思いますが、競馬場にいる競走馬はトップアスリートなので基本的にはひどく悪い状態の仔はいません。レースに出るスポーツ選手の健康管理にかかわっているスポーツドクターのようなイメージだと思います。詳しく言うと、レースに向けてトレーニングを積んでいったときに筋肉痛や体の苦しさが出てきたとして、マッサージやマイクロ波治療の指示を出す感じですね。万全の態勢でレースを迎えられるように日々の健康管理の手助けをしています。
大井競馬場には8つの診療所と小林牧場に3つの診療所があって、今は17人の獣医師が働いています。父が診療所を開業しているので僕はそこに雇われている形です。
- Q
- 獣医師になろうとしたのはお父さんがきっかけだったんですか?
- A
- それが大きな理由ですね。父は大井競馬場の獣医師になって40年以上は経つので、子供の頃に競馬場へ遊びに行けるのが楽しかったことを覚えています。まだのどかな時代だったので競走馬に乗せてもらったり、競馬場の隣が海だったのでハゼ釣りをしたり、小さい頃から競走馬を見ていて動物が好きだったので、ムツゴロウ動物王国に憧れていました(笑)。その影響で日本大学農獣医学部畜産学科に入学したんですが、車に触ることも好きになってのめり込んでしまったので、卒業後はガソリンスタンドに就職しました。1、2年してからこの道に進みたくなり、今度は編入して日本大学農獣医学部獣医学科に入り直しました(2年生から6年生まで)。卒業するときにはもう30歳を過ぎていましたが、獣医学科には若い人だけじゃなくておじさんやおばさんなどいろんな年代の人がいましたね。
- Q
- 獣医師は競走馬がレースに出るためにどんな携わりかたをしていますか?
- A
- 日課は担当している馬の調教師さんや厩務員さんに、「どういう状態ですか?」と健康状態を欠かさず確認して回ります。
-
追い切り(レースに出走するための大切な仕上げ)は普段の調教よりも負担が大きくなるので、その前後には心臓の音を聞いたり脚や蹄に熱がないかを確認したり、それを調教師さんや厩務員さんに伝えます。馬は話せないので、人と人がコミュニケーションを取り合うのも大切なことですね。競馬サークルは競走馬が主人公ですが、その周りにいる調教師、厩務員、装蹄師、獣医師、みんなが力を合わせて競走馬をレースに出走させることを目標に頑張っています。
<馬の心音チェック>
-
レース当日には走り終わった担当馬の目を洗ってあげて、そのときに怪我はないか確認をして、「どうして走らなかったのか?」などの原因も話し合います。レース翌日にも具合を診て何事もなければまた次のレースに向けて始まります。
レース直後の馬は気持ちを高めているので多少の痛みは隠すんですが、クーリングダウンをして、洗い場で体を洗って、そこから馬房に帰ろうと1歩目を出したときに痛みを出すことも多いです。症状がかなりひどいときはレース直後でも痛みを出すこともあります。
- Q
- 競走馬は体が大きいので診断をしているときに怪我をすることはありませんか?
- A
- いっぱいありますね。蹴られる、噛まれる、挟まれる、足を潰される……。そこはいつも細心の注意を払って怪我をしないように馬と接しています。治療などは厩務員さんに馬を保定してもらって行うので、厩務員さんがいて初めてできる仕事です。
- Q
- 通常の日はどんなタイムスケジュールですか?
- A
- 基本的には朝8時頃起床し10時頃には出勤しますが、厩舎の人たちから緊急を要するときは呼び出されることもあります。午前中は主にレントゲン検査やエコー検査、内視鏡検査、ショックウェーブなどの時間がかかる診察を行うようにして、空き時間を利用して、午後からの診察の準備や掃除などします。午後は厩務員さんの出勤に合わせて一般診療を開始して、夕方4時半頃まで厩舎を回りながら担当馬を診ます。
院長の父と私、代診の先生の3人体制で約100頭を診ています。その後は仕事の後片付けなどをして夜7時くらいには終わります。それぞれの診療所によって活動時間はさまざまですね。夕飯は夜8時から9時くらいで、深夜0時頃には就寝します。ときには早起きをして小林牧場の馬たちを診に行くこともあります。
- Q
- 開催中はどんなタイムスケジュールですか?
- A
- ナイター開催中でも起床時間は基本一緒です。午前中から診療する場合もありますが、終わるのは一緒で夕方4時半頃。それからレース中に担当馬の目洗いや走った後のチェックをします。小林牧場の馬たちの目洗いも8割くらいを担当しているので、もしそのときに怪我をしていれば怪我の処置をしてから小林へ帰します。最終レースまで仕事があるきは深夜0時頃に帰宅をして寝るのは2時頃です。
昼間開催のほうが仕事時間はハードなんです。通常の診療時間とレースがほぼ同じ時間なので、朝10時から夕方4時半の間にすべてをこなさなくてはいけないので。
- Q
- 競馬場にいる獣医師は幅広く診ることになりますよね?
- A
- 人間で言えば、内科、外科、歯科……細かく言えば、目も鼻も口なども全部を診ています。血液検査をしたり、レントゲンも撮ったりするし、何でも屋さんですね。例えば、「食欲がなくなってきた」と厩務員さんに報告を受けたら、「それなら歯を見てみましょう」とか「疲れがないか」など。ハードトレーニングで疲労がたまってエサを食べられなくなる場合もあるので、そういう仔には点滴や栄養剤を打ったりするんですが、それで元気が出てくるのは人間も一緒ですよね。
競走馬はプロフェッショナルな人たちが常日頃からチェックをしているので、いろんな病気は早く見つけることができます。脚元の腫れ、息遣いや顔つき、目の色が違うとか、馬の平熱は38度くらいですがいつもより体温が上がっているとか。
<歯の治療中>
- Q
- いちばん多く診る症状は何ですか?
- A
- 風邪や外傷、トレーニングの疲労などです。走っているときだけではなくて馬房で脚をぶつけて怪我をすることもあります。馬もくしゃみをするし、せきや鼻水も出るし、便秘や食べ過ぎなどでお腹が痛くなることもあります。皮膚アレルギーもあって蕁麻疹ができることもありますが、人間のようにアレルギーによってくしゃみをしたり目をショボショボさせたりはありません。花粉症は基本ないと言われています。
<脚元チェック>
- Q
- 獣医師が厩舎回りをするときの必需品はありますか?
- A
- 必ず持っているのは聴診器と小さなライトです。聴診器は心拍数を計るときに使いますが、疝痛(腹部臓器の疼痛、腹痛)のときにお腹がちゃんと動いているかどうかを確認するときにも使います。人間は心拍数が60から70くらいですが、馬は28から36くらいです。競走馬もアスリートなので鍛えれば鍛えるほど心拍数は減っていきますよ。オープンクラスになると心拍数も低くなるし、ボンボンと張りのあるいい響きをしています。ミニライトは目や口、外傷を診るときに使います。
- Q
- 獣医師の収入はどんな形になるんですか?
- A
- 診療所なので競走馬の治療代から売上げが発生しています。院長が診療所の社長にあたるので僕たちはそこからお給料をもらっています。ボーナスやレースの出走手当て、進上金などはありません。
- Q
- 休日はどんな形になっていますか?どんなことをして過ごしていますか?
- A
- 厩舎地区の休みが決められているので、その辺りは厩舎関係者と一緒です。ただ、獣医師には当直制があって大井競馬場には365日誰かは泊まっているので、週に1度は回ってきます。呼び出されるときは朝の疝痛や熱発、調教中の怪我などで、追い切り期間中に入ると結構多いです。
休みのときは家族サービスをして過ごしています。アウトドアが好きなのでアクティブに過ごすことが多いですね。趣味は20年前に始めたウェイクボードなんですが最近は忙しくて行けません。アスリートを診ているせいか基本は体を動かすことが好きで、自宅から競馬場まで7キロの道のりを30分くらいかけて自転車通勤していたこともありました。
<獣医師仲間たちと>
- Q
- このお仕事でいちばんつらいときはどんなことですか?
- A
- レースでの故障や疝痛などで安楽死処置を施すときです。ただ、悲しんでばかりいたらぼくを待っている次の馬を診に行けなくなるし、落ち込んでいると精神的にもきつくなるので、仕事としてとらえて割り切るようにしています。
- Q
- このお仕事のうれしいときはどんなことですか?
- A
- 1頭の競走馬にそれぞれの立場の人たちが携わって勝ちたいという同じ気持ちでやっているので、勝ってくれたときは『よっしゃ~!』って思います。あとは、何事もなく無事に帰ってきてくれたときがいちばんうれしいです。「無事だから獣医師はいらないよ」って言われるのが原点に戻るといちばんうれしいことなんです。レースを走って無事に帰ってきて元気にエサを食べているのが何よりですね。
- Q
- 最後にこれからの夢や目標を教えてください。
- A
- 大井競馬場には手術ができる二次診療施設(処置室)が去年できたんですが、そこを活用できるようにもっと勉強したいです。夢や目標はいっぱいありすぎて困ります(笑)
聞き手:高橋華代子