東京大賞典について
東京大賞典は、大井競馬場の開場(昭和25年)から5年後の昭和30年に第1回が施行された「秋の鞍」を前身とする競走で、第10回(昭和39年)から現在のレース名に改められた。なお、同じく同年に第1回が施行された「春の鞍」は、後の東京ダービーである。
第1回(昭和30年)は10月16日に、第2回(昭和31年)から第9回(昭和38年)までは11月上旬~中旬に施行されていたが、第10回(昭和39年)以降は第17回(昭和47年3月13日に延期)を除きすべて12月中旬~下旬に、第45回(平成11年)以降はすべて12月29日に施行されている。3歳勢を含めたダート中長距離戦線のトップホースたちが覇を競う、下半期の国内チャンピオン決定戦だ。
施行コースは第1回(昭和30年)から第7回(昭和36年)までが大井ダ2,600m、第8回(昭和37年)から第34回(昭和63年)までが大井ダ3,000m、第35回(平成元年)から第43回(平成9年)までが大井ダ2,800mだった。第44回(平成10年)以降は現在と同じ大井ダ2,000mで施行されている。
第41回(平成7年)からは指定交流競走となり、JRAや地方競馬の他地区に所属する馬も出走可能となった。また、第43回(平成9年)からはダートグレード競走のJpnⅠに格付けされている。さらに、第57回(平成23年)からは外国所属馬が出走可能な国際競走となり、地方競馬の競走としては史上初めて国際GⅠの格付けを取得した。
今年の第67回(令和3年)は1着賞金が8,000万円。今年度に施行される地方競馬の競走としては、JBCクラシックと並ぶ最高金額である。出走資格はサラブレッド系3歳以上。負担重量は定量で、3歳が55kg、4歳以上が57kg、牝馬ならびに南半球産の3歳馬は2kg減となっている。
令和3年11月19日にTCK史上初となる左回りのレースが施行され、現状では世界唯一の左右両回りコースとなった大井競馬場。もっとも、今年の東京大賞典はこれまでと同じく右回りで施行される。
北米を中心に発展してきたダート競馬においては、2,000mがチャンピオンディスタンスとされてきた。大井ダ2,000mも、この東京大賞典や東京ダービー(SⅠ)・帝王賞(JpnⅠ)といったTCKの主要競走が施行されるコースとしておなじみだ。
スタート地点は第4コーナー付近で、スタンド前の直線を通過した後に、全長1,600mの外回りコースを1周してゴールに達する。スタート直後に400m以上の直線部分があるため、隊列が概ね整った状態で1コーナーに入る展開となりやすい。馬場状態などの影響があるとはいえ、コースレイアウトとしては枠順による有利・不利が出にくい形態である。ゴール直前の攻防はもちろん、レース序盤のポジション争いもスタンド前の直線で行われるため、現地での生観戦に適したコースと言えそうだ。
なお、南関東4場(浦和・船橋・大井・川崎)のうち、右回りのレースが施行されているのはこの大井競馬場だけ。また、JRAでダ2,000mのレースが施行されているのは、平成18年以降に限ると阪神競馬場のみである。類似のコースが少ない分、適性や経験が明暗を分けることになるかもしれない。
令和3年11月末時点における大井ダ2,000mのレコードタイムは、第56回(平成22年)の東京大賞典で優勝馬のスマートファルコンが記録した2分0秒4だ。
伊吹雅也